千本格子(さまのこ)の美しい造形が残る街並み。
吉久は、加賀藩の御蔵(藩の米の収納蔵)が設置された在郷町である。
明治以降、御蔵(御県蔵)は廃止されたが、吉久の有力町民(大地主、商人)は米の流通に精通した経験を活かし、合同で米穀売買や倉庫業に進出し成功を収めた。
米商の家としては能松家、有藤家、丸谷家(旧津野家)が国の登録有形文化財になっている。
ここは小矢部川と川に挟まれた河口部に位置し、緩やかに湾曲する放生津往来に沿って残る主屋は、通り土間を設けず、間口いっぱいに部屋を配置するものが多い。2階表側の部屋は「アマ」と呼ばれ、稲菜や軽量の農具等を収納する空間とするものが多く、創建当初の姿を維持しているものは表側の壁面に窓がない。
保存地区内は、江戸末期までに形成された地割とともに、江戸末期から近代に建てられた当地域特有の切妻造平入の町家が残り、河口部に栄えた在郷町の歴史的風致を良く伝えている。
文草/高岡市教育委員会(令和2年3月)